
鍼灸の効果はいろいろありますが、そのなかでも特に鎮痛についてはそのメカニズムがわかりつつあります。
とはいえ痛みといっても大きく分けると急性痛と慢性痛があり、さらに慢性痛には心因的なものも関係しているため、鑑別がなかなか難しい。
ちなみに国際疼痛学会によると、痛みとは
“An unpleasant sensory and emotional experience associated with, or resembling that associated with, actual or potential tissue damage,”「実際の組織損傷または潜在的な組織損傷に関連する、または関連する不快な感覚的および感情的な経験」
このように定義されています。

さて、そんな複雑な痛みに対して、どのような方法でアプローチしていけばいいのでしょうか。
今回ご紹介するのは鍼灸師ならぜひ持っておきたい、痛みの治療で困ったときにとても役立つ1冊です。
- 痛みの診察方法
- 部位別、痛みの鑑別方法
- 痛みに対する鍼灸治療
- 患者さんに伝えたいセルフケア
この記事では本書のなかから、鍼灸によって痛みを緩和されるメカニズムについて確認したいと思います。
伊藤和憲
明治国際医療大学鍼灸学部学部長。明治国際医療大学附属鍼灸センター鍼灸臨床部長。(公社)全日本鍼灸学会常務理事兼学術研究部長。
目次
局所への鎮痛メカニズム
痛みのある局所に鍼灸を行うことで、痛みが緩和されます。
その鎮痛方法には2つあり、痛みを抑える物質を介して痛みを緩和します。
●オピオイド受容体での鎮痛
オピオイドとは麻薬性鎮痛薬や、もともと人間に備わっているモルヒネに似た作用のある物質のことをいいます。
麻薬だとかモルヒネだとか、なかなかのパワーワードが出てきましたが、つまりは痛みを緩和する物質のこと。
で、そのオピオイドが体に存在するオピオイド受容体と結合することで痛みが緩和されます。
お薬でもこのようなメカニズムで痛みを緩和させることができますが、オピオイド受容体を介した鎮痛は鍼灸でも起こります。
体は炎症が起こると、その部位に免疫細胞がわさわさ集まってきます。
それならば、炎症部位の周りに鍼灸で刺激を与えて、免疫細胞からオピオイドを出させちゃおう。
そして、オピオイド受容体に作用させちゃおうというのが鍼灸でのオピオイドを介した鎮痛のメカニズムです。
●アデノシンA1受容体での鎮痛
体を動かすことと関係が深いATP。
どうやらATPは痛みの発生にも関係があるようで、これを鍼灸でうまいこと使ってやろうというのがアデノシン受容体を介した鎮痛です。
鍼を雀啄したり回転させたりして組織にほんのちょっとだけ傷をつけ、アデノシンの放出を誘発します。
そのアデノシンが抹消の痛覚受容器にあるアデノシンA1受容体に作用し、鎮痛が起こるというメカニズムです。
脊髄での鎮痛のメカニズム
痛みが脊髄へと伝わる経路上にうまいこと鍼灸で刺激を与えて、痛みを緩和させようというのが脊髄での鎮痛です。
●ゲートコントロール説
神経線維にはAα・Aβ・Aδ・Cという線維があり、自分が今どのような状態にあるのかを感知することができます。
筋肉や腱が伸ばされてるなーという状態ならAαが。
なんか触られてるなーという状態ならAβが。
冷たいとか鋭い痛みならAδだし、温かいとか鈍い痛みならC線維、といった具合に対応しています。
で、これらの線維はAα〜C線維の順で太さが細くなっていきます。
「痛い」に対応しているのは細いAδとC線維。
それならばそれよりも太い線維を刺激して、AδとC線維の働きを抑えてしまおうというのがゲートコントロール説を利用した鎮痛です。
痛いの痛いの飛んでけ、というやつです。
脳での鎮痛のメカニズム
痛みという感覚は脊髄へと伝えられ、最終的には脳に集まります。
そこでなんと、鍼灸を使って脳で痛みをなんとかしてしまおうというのです。


●下行性疼痛抑制系での鎮痛
下行性疼痛抑制系で重要なのが、内因性オピオイドと呼ばれるモルヒネ様物質。
ご存じエンドルフィン・ダイノルフィン・エンケファリンなどです。
交感神経が優位な人や情動などで痛みが増している場合、つまり慢性痛で利用できるのが下行性疼痛抑制系です。
鍼通電や響きがある刺激を四肢末端の与えると下行性疼痛抑制系を活性化させやすい、といわれています
とはいえ、通電時間や強さなど具体的な方法についてはまだハッキリとしておらず、本書では推奨という形で紹介されています。
『痛みの治療がわかる本』を読んでみて
「〇〇が痛いんですけど・・」なんて方が来られたときにどう対処したらいいか、本書にはその答えが書いてあるように思えました。
というのも実際の臨床で使える診察方法を、その段階ごとに解説しているからです。
- 急性痛か、慢性痛か明かにする
- 痛みの原因がどこの組織にあるのかを予想する
- 疾患を把握する
- 危険因子(レッドフラッグ)を確認する
- 痛みのレベルを考える
- イエローフラッグを確認する
- ゴールを設定する
こんな感じに。
しかも痛みのある部位ごとに問診で聞くべきことや検査が紹介されています。
一回でしっかり勉強するというよりも、臨床を通してその都度利用するといったスタイルが合う本です。


読んでみてというか、何回もお世話になっています。
おわりに
ぼくのイメージですが、まだまだ数少ない鍼灸の研究のなかでも、比較的エビデンスが多く出ているものが鎮痛なんじゃないかと思います。
その鎮痛に特化して書かれた本が、今回ご紹介した『痛みの治療がわかる本』です。
現代鍼灸を行う場合は持っておきたい1冊かと思います。
- 鍼灸師